プロローグ 〜銀髪の赤子〜

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《P−1》

 オギャー、オギャー……
 そこはリア国の片田舎、小さな村の産小屋。
 月明かりの美しい夜。
 一人の女児が誕生した。

「これは……」
 松明を手にした若い父親は、息をのみ、産婆に抱きかかえられた産後間もない我が子を見つめた。共に居た女児の祖父・祖母は眉をひそめている。
 赤子の頭部は、生まれながらフワフワとした産毛の様な髪に覆っていた。しかし、その色は、白にも銀にも見える、色素の欠落したものだった。
「お子さまはアルビノでございます。長くは、生きられないでしょう」
 産婆は痛ましげな表情をし、こう告げた。
 村の人口は少なく、血が濃くなる傾向にあり、体に問題を抱えた子供が誕生することは、そう珍しいことではなかった。そして、彼らの多くが短命であった。 父親はアルビノに関する知識がなく、命に関わる病かも判らなかったが、産婆は年配で経験も豊富であり、村の女性の中では一番の知恵者であった。
 田舎の村の嫁は、跡継ぎとなる子供を持つことが絶対条件である。2年経っても子を産めない場合は離縁され、親元に帰される。2人の間でも1年半に渡り子宝に恵まれず、ようやく念願が叶い、授かった子供だったのに。
「抱きしめてあげて下さいませ」
 父親は、松明を祖父に手渡し、恐る恐る我が子を受け取った。それを見届け、産婆は片付けをするため、血臭の立ち込める母親が休む産小屋へ戻っていった。

 翌日。
 身を清めて身嗜(みだしな)みを整え、床で休む若い母親の元に、赤子を抱いた産婆が訪れた。黒布に包まれた我が子を見て、物問いたげな母親に、産婆は告げた。
「アルビノ?」
「お子さまは、一生目が見えませぬ。そして僅かな光でも全身焼かれ、命を削られ、いずれは……」
 産婆の話に、母親はみるみる青ざめ、悲痛な表情で我が子を抱きしめた。
「何か、この子を救う手立てはないのでしょうか?」
「残念ながらアルビノの治療方法はございませぬ」
 はらはらと涙する母親に、産婆は告げた。
「ただ……。もしかすると、一つだけ」
「あるのですか?! お願いします。教えて下さい」
 身を乗り出す母親に、老婆は言った。
「わが国の皇太子さまは、珍しい鮮やかな紅い瞳と髪をお持ちでしょう? お生まれになった時は『アルビノである』という噂がございました」
「でも……。王都でお見かけした時、皇太子さまは父王さまと共に騎馬にのり、太陽の下でお元気そうに手を振っていらっしゃいました。普通の方と何ら変わりはありませんでした」
「そうでございます。今の皇太子さまは、普通の方と変わりませぬ」
 そこで一呼吸し、産婆は続けた。
「王都を流れるセイル河、その辺(ほとり)に不思議な力を持つ老婆が住んでいる、という噂があるのでございます。その老婆は人の運命を入れ替える力を持っていると聞きます。 『皇太子さまは、御母堂さまのお命とお引き換えに、死の運命から救われた』 街では、そう噂されておるのでございます」
 話を聞いた若い母親は、息をのんだ。しばらく躊躇(ためら)った後、口を開いた。
「可能性があるのでしたら、この子のために、母親として出来る限りのことをしてあげたいと思います。間もなく、わたくしは離縁されるでしょう。そして、奇形の子を産む女として、再婚も難しいと思います。この子は、わたくしの最初で最後の子です」

 産後の肥立ちはよく、若い母親が家事を行う姿がみられるようになった。
 数日後、彼女は黒布で包まれた我が子と弟を伴い、村から姿を消した。

 そして数ヶ月後。
 鮮やかな銀髪の幼い女児を抱き、若者が村へ戻ってきた。例の若い母親の弟だった。女児は、太陽の下でも元気であり、美しい紫の瞳はアルビノ特有の弱視もなく、健康そのものであった。健康体の、色素変体と呼ぶ方が相応しいくらいに。

 しかし、そこには。
 女児の母親の姿は無かった――


*注意* 本小説はフィクションであり、実際の、アルビノの方の現状とは必ずしも一致していません。
偏見を助長する目的もありません。きちんと紫外線対策を行い、問題なく暮らしている方は多いと思います。

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